廃材ハンティングと即興ジョイント
会場周辺には、イベント設営で出た大量の端材や、近隣の牧場から譲り受けた古い鉄パイプ、そして干上がった湖底に転がっていた流木やプラスチック片が散乱していた。RtypeLチームは毎朝、日の出前に軽トラで荒野を回り、使えそうな素材を片っ端から拾い集めた。特にflexible metal tube(フレキシブルメタルチューブ)は、曲げやすくそれ自体が接合部として機能するため、骨格づくりの要となった。
高さ10mのパゴタを支えるため、本来なら足場パイプとクランプが必要だったが、現地には何もない。そこで木材の端材を斜めに組み、廃タイヤのゴムを結束バンド代わりに巻き付け、さらにscrap metal同士を針金で縛る「即興ジョイント」を多用した。右回りに巻く箇所と左回りに巻く箇所を意図的に混在させ、見た目にも量子のスピン状態を暗示させた。
組み立て中に何度も倒壊しかけたが、近くでキャンプしていた見知らぬ参加者たちが声をかけてきて、総勢15人ほどでロープを引っ張りながら骨格を直立させた。この共同作業そのものが、0と1が同時に存在するような、正解のない状態での協調だった。
量子重ね合わせとしての傾きと歪み
QUANTUM PAGOTAは完成図を持たずに建て始めたため、構造は常に「立てば倒れる」という二つの可能性を同時に孕んでいた。柱は垂直ではなく数度傾き、梁は左右非対称に突き出し、床面は水平を保てなかった。だが、その歪みこそが量子コンピューターのキュービットのように、0と1、右回りと左回り、完成と未完成が共存する視覚的メタファーになった。
頂部には、拾ってきた壊れた衛星アンテナの皿を逆さに取り付け、その上に時計回りと反時計回りの二つの螺旋型スクラップを背中合わせに固定した。昼間は強烈な日差しで影が地面に複雑に落ち、見る角度によってパゴタが右に倒れているようにも左に傾いているようにも見えた。観客の一人が「これは写真に撮ると毎回違う建物に見える」と言ったのが印象的だった。
私たちはこの歪みを修正せず、むしろ歪みを固定するために追加のワイヤーを張った。未完成であることが完成である、という量子の逆説を、物理的な形で証明したかったからだ。
夜の照明失敗と偶然のシャドウプレイ
元々は、頂部から青いレーザー光を放ち、周囲の砂塵に量子ビットの軌跡を描く予定だった。しかし電源供給が不安定で、用意した照明機材の半分が点灯せず、残りも深夜の冷え込みで明滅を繰り返した。やむを得ず、拾った懐中電灯と100円ショップのLEDストリップを骨格に括り付け、即席の照明に切り替えた。
すると、傾いた柱や突き出した梁が、周囲のサボテンや岩肌に予想外の影を落とした。LEDのチラつきと風で揺れるワイヤーが合わさり、パゴタ全体が呼吸しているように見えた。昼間はゴミの寄せ集めだった構造が、夜だけはまるで異次元の生物か量子回路のように変貌し、来場者が静かに見上げていた。照明が不完全だったからこそ、量子の不確定性が可視化された気がした。
この夜の偶然を記録するため、私たちは故障したビデオカメラの代わりに、スマートフォンの長時間露光で数枚だけ写真を残した。そのブレた光跡が、後に「QUANTUM PAGOTAの幽霊」としてチーム内で語り草になった。
解体、そして荒野に還すこと
イベント終了後、私たちはパゴタを完全に解体し、拾った素材の大半を元の場所、つまり荒野の彼方へ返した。金属類は近くのリサイクル業者に持ち込み、木材は細かく割って焚き火の材料にした。10メートルの構造が、わずか半日で更地に戻る様子は、量子のもつれが観測によって収束する瞬間に似ていた。あれほど時間をかけて建てたものが、一瞬で消えるのは悲しいはずなのに、不思議と清々しかった。
地面には、基礎として使った廃タイヤの跡と、ロープで擦れた傷だけが残った。数週間後には風で砂に覆われ、何もなかったことになるだろう。しかし私たちの記憶と、数枚の写真と、そしてこのテキストの中に、QUANTUM PAGOTAは確かに存在している。未完成であり、不完全であり、それゆえ完全な状態として。
今でも時々、自分の寝言で目が覚めることがある。あの荒野のテントで聞いた自分の声が「右だけど左、ゴミだけどアート」と繰り返す。量子の世界では全てが可能であるなら、あのパゴタは今も、オレゴンの乾いた風の中で、建っているのかもしれない。



